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石庭とNA
- 2012/03/23(Fri) -
今回はAJの記事と私の記事に相違点があるので、その弁明を致します。
しかし、私は誰かを傷つけるのは嫌なので、
その分、ぼんやりとした記事になってしまうかもしれません。

さて、AJには「高名な作者でない。」から「過大評価され過ぎだ。」という文の流れがあります。
ただし、「あくまでも個人的な意見ですが」や
「さも実際に見てきたかのように話していますが」のように前置きがあるので、
細かいところをつつくつもりはありません。

作者は細川政元・小堀遠州・相阿弥など諸説入り乱れてます。
細川政元はスポーンサーであり、作者と言えるのでしょうか。
彼が指示を出したのなら、作者としても良いと思いますが、石を運ぶということはしなかったでしょう。
小堀遠州・相阿弥なら、“高名な”作庭家です。

と、言うことは、私と同じ「小太郎・?二郎」説……と考えておられるのでしょう。
「小太郎・?二郎」の名前が、下の石の裏に彫ってあります。



そして、この2人は「高名な作者でない」どころか、「河原者」と呼ばれ、
差別を受けていた人たちです。
当時の造園や芸術の領域は、「河原者」と呼ばれた人たちが担っていました。
差別されていたのに、こんな芸術的な作品を作るなんて……。
(皆さん!差別はいけません!!)

おそらく2人は、この仕事が後世に残るような最高傑作になることを確信した。
そして、名を残すことを思いついた。
現場で彫っては見とがめられるので、前もって名を彫り、石を据え付けた。
とにかく、この2人はこの工事に深く関わっていた人物であることに、間違いはありません。

そして、白砂は「方丈に光をとりこむためのもの」ではありません。
前回の記事のように修行のためです。
しかし、私は立ち入り禁止の畳の部屋に入ったことはありません。
畳の部屋から見て、光を採り込むような効果が感じられたのかも知れません。
もし感じられたのなら、そのような二次的な効果も考えられますが、
本来の目的ではないと思います。


   私はこの庭を見ると、“大海を前に立つちっぽけな人間”になってしまいますが……。

私もNA理論に傾倒しています。
だから、NAから学んだように、この文章を書いています。
この小さな庭が表す自然を愛し、
また、大自然を語っているこの庭を素晴らしいと思っています。
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